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【食で繋がるコミュニティ】

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ここに至るまで

1996年、22歳で某ファミリーレストランで飲食店デビュー。ホール接客を経験。その後レストランバーに転職。チーフバーテンダーを経験。そこで初めて調理を覚える。7年勤務した後、本格的に料理の世界へ。多国籍レストラン、和食居酒屋、洋食レストランでの経験を経て、某レストランの料理長に就任。2020年4月、飲食業界を引退。

その理由は2019年の3月のある日の事でした。

いつも通り目覚め起き上がろうとしたその時、突然の動悸と呼吸困難で意識が朦朧とした状態のまま、救急車で病院へ担ぎ込まれたのです。パニック発作でした。

さまざまな検査を受けた結果、身体の異常は無し。 こんなに死にそうなくらい体が苦しいのに、どこも悪くないと言われる。 点滴を途中で止めて帰される始末。じゃあ一体なんなんだ? 点滴で一時的に良くなったとはいえ翌日になればまた同じことが起こる。 でも病気ではないから病院には行けない。それでも仕事には行かなければならない。 もう心も体もくたくたでした。 夜中に激しい動悸で目が覚めてはまた眠り、起きたら起きたで激しい吐き気と下痢に襲われました。 そんな日々を繰り返していたら、遂には仕事に行くことも出来なくなってしまいました。 私はすがる思いで精神科に飛び込みました。すると医師は私に【不安障害】と言う病名を告げました。 なぜ私がこのような精神病に掛かってしまったのか?その時はまだ理解できませんでした。 精神病なんて自分とは無縁だし、気の持ちようだと思っていましたから。

そしてゆっくり過去を振り返りました。ほとんど休みもなく働いた疲労の蓄積。 緊張状態が続いたことで睡眠も食事もまともに取れず、自分が何をやってるかもわからなくなっていた事。仕事中ふと気がつくと呼吸をしていなかったり、原因不明の胸痛に悩んでいたり。 これらの危険なサインに気がつかなかったのです。自分は大丈夫だと信じきっていた。 自分の意思とはうらはらに脳と体はとうに限界を越えていたのです。

仕事を休職薬物治療による療養生活が始まりました。しかしすぐに効果があるわけではありません。私は今の薬に落ち着くまで2ヶ月程かかりました。

『家に引き籠る事』が多くなった私は料理人として新しい料理に挑戦したり、自分で飲食店をオープンする事を考えたり、【フードコーディネーター】の資格を取得する為の勉強をしたりと試行錯誤していました。 ところがそんなことをやればやるほど私の中の病魔は牙を剥いて来ました。

もともと私は【潰瘍性大腸炎】という難病を患っているのでストレスを感じやすかったりで悪循環を生むばかりでした。 そして考えることを止めたのです。過去も未来の事も自分が何者であるかも。

すると不思議と少しずつですが体調は良くなってきました。まだ波はありますし、薬もがっつり飲んでいます。しかし家族や親戚の励ましが私を支えてくれています。

仕事を1年以上も休み、傷病手当てはもらっているものの、妻と子供と3人で何とか生活できているのは紛れもなくこの人達のおかげなのです。感謝の気持ちしかありません。

そんなこんなしてるうちに倒れてから1年以上が経ち所属していた会社も退職することになりました。いよいよどうしようかと考えました。

せめて自分が経験してきた食の知識や考え方、飲食店での働き方を皆さんに共有していけたら。私自身がこれまで食を通してさまざまな人との繋がりを持ってきたように、今度は私の力で人と人を繋げることができたらいいな。そんな思いを抱いて、未来の食のあり方を考え、人の助けになれるようにこのサイトを運営していきたいと考えています。

食で繋がるコミュニティー事業を目指していきます。 少しでも皆さんのお役に立てるように!

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